<W解説>韓国野党「国民の力」代表が「非常戒厳令」をようやく謝罪した背景
<W解説>韓国野党「国民の力」代表が「非常戒厳令」をようやく謝罪した背景
2024年12月に韓国のユン・ソギョル(尹錫悦)前大統領が宣布した「非常戒厳令」をめぐり、保守系最大野党(宣布時は与党)「国民の力」のチャン・ドンヒョク代表が今月7日、「誤った手段で国民を混乱させた」と述べ、国民に向け初めて謝罪した。チャン氏はこれまで、戒厳令が宣布されるに至った原因は当時の野党にあったとする趣旨の主張を続けてきた。しかし、宣言当時、政権与党にあった同党の支持率は、低迷が続いている。チャン氏は党代表として党勢の立て直しを迫られ、党内からは尹氏を擁護する路線からの転換が求められていた。韓国の公共放送KBSは、「今回の謝罪表明は、保守陣営が過去と一線を画し、最大野党としての路線とイメージを新たに示そうとする動きと受け止められている」と伝えた。

尹氏が「非常戒厳令」を宣布したのは2024年12月3日。非常戒厳令は韓国憲法が定める戒厳令の一種で、戦時や事変など非常事態に、軍事上、必要となる場合や公共の秩序を維持するために大統領が発令するものだ。行政や司法の機能は軍が掌握し、言論・出版・結社の自由を制限することも認められる。

1987年の民主化以降初めてとなる非常戒厳令の宣布を受け、当時、武装した戒厳軍の兵士がガラスを割って国会議事堂に突入。軍事政権時代を連想させる事態に、国会前には多くの市民が集まり、戒厳に反対するシュプレヒコールを上げたほか、軍の車両を取り囲むなど騒然とした。

だが、戒厳令は国会議員の過半数が解除を求めた場合、大統領はこれに応じなければならず、発令直後、国会で本会議が開かれ、出席議員の全員が解除に賛成。尹氏はわずか6時間で非常戒厳を解いた。

しかし、その後もしばらく社会の混乱は続いた。保守、革新の政治的な対立が激化し、社会の分断が進んだ。非常戒厳令を宣布した尹氏は、昨年4月、憲法裁判所の弾劾審判で罷免されたほか、内乱首謀罪などに問われ、現在、公判中だ。一審は今月に結審し、2月にも判決が出る見通しだ。尹氏は一貫して無罪を主張している。また、尹氏が罷免されたことを受け、昨年6月には大統領選が行われ、「社会統合」を掲げた革新系「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)氏が当選した。一方、非常戒厳令の宣布時、政権与党だった「国民の力」は野党に転落した。

尹氏の非常戒厳令について、同党所属の一部国会議員は先月、与党として尹氏を当時支えていた立場から国民に向け謝罪した。議員たちは「非常戒厳は国民が血と汗で成し遂げた韓国の自由民主主義を否定し、踏みにじった反憲法的、反民主的な行為だった」とし、「非常戒厳を事前に阻止できず、国民に大きな苦痛と混乱をもたらしたことについて、当時の与党の一員として改めて国民に謝罪する」と述べた。その上で、「尹前大統領をはじめ、非常戒厳を主導した勢力と政治的に断絶することを明確に表明する」と強調した。党指導部は「現時点での謝罪は実益がない」として国民への謝罪に消極的だった一方、「戒厳と党が直接関係があるわけではないが、当時の大統領は党員だった」などとして、党内では非常戒厳令の宣布から1年になるのを機に謝罪すべきとの声が高まっていた。一方、昨年8月に党代表に就任したチャン・ドンヒョク氏は先月、SNSへの投稿で「責任を痛感する」とした一方、「非常戒厳令は国会の暴挙に対抗するためだった」とし、尹氏を擁護した。

しかし、一転、チャン氏は今月7日、記者会見で尹氏が宣布した非常戒厳令について、「責任を重く受け止め、国民の皆様に深くおわびする」と初めて謝罪し、党の全面的な刷新に乗り出す考えを表明した。

チャン氏が謝罪した背景には、党の支持率低下がある。世論調査機関のギャラップが昨年12月19日に発表した世論調査の結果、同党の支持率は26%にとどまった。一方、与党「共に民主党」の支持率は40%だった。世論の大半は尹氏に否定的評価を下しており、非常戒厳令について明確に謝罪せず、尹氏を擁護してきたチャン氏の姿勢は、「国民の力」の支持率にもマイナスの影響を与えたといえる。

チャン氏は7日の会見で「誤りと責任を『国民の力』の中に見い出し、国民目線で新たにスタートする」と述べた。今年6月の統一地方選に向け、党の刷新をアピールした形だが、尹氏との決別については明言しなかった。党内刷新派からはこのことに批判が出ている。

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