「西海守護の日」は西海で2002年6月に起きた第2ヨンピョン(延坪)海戦、10年3月の韓国哨戒艦「チョナン(天安)」沈没事件、10年11月の延坪島砲撃で犠牲になった戦死者を追悼するため、政府が2016年に指定。毎年3月の第4金曜日に追悼行事が行われている。
第2延坪海戦は、北朝鮮の警備艇が朝鮮半島西側の黄海上の南北軍事境界線にあたる北方限界線(NLL)を侵犯し、韓国軍の高速艇に先制攻撃を加えたことで勃発した。韓国海軍は反撃したが、将兵6人が死亡した。北朝鮮軍も約30人が死傷したとされる。天安沈没事件では、黄海上の軍事境界線にあたる北方限界線(NLL)に近いペンニョ島沖で天安が警戒任務中、北朝鮮の潜水艇の魚雷攻撃を受けた。天安は沈没し、乗組員104人のうち46人が死亡した。延坪島砲撃事件では、北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党総書記の指揮の下、北朝鮮軍が韓国の大延坪島を砲撃し、韓国の軍人と民間人の計4人が死亡、19人が重軽傷を負った。1953年の朝鮮戦争休戦後、北朝鮮が韓国の領土を直接攻撃したのは初めてのことだった。
西海は豊富な魚が獲れる漁場で、太平洋につながる戦略的な海域でもあるため、長年、南北間の衝突が絶えない。朝鮮戦争休戦後の1953年8月に国連軍によって朝鮮半島上の軍事境界線を延長する形で海上にNLLが定められた。91年に南北間で採択した南北基本合意書で、北朝鮮も事実上、NLLが海の境界線と認めたが、北朝鮮の船舶がNLLを越え、韓国側が警告射撃をするなどの衝突事例が繰り返されている。
27日、前述の3つの事件の犠牲者を追悼する韓国政府主催の式典が開かれた。李大統領も出席し、「戦争と敵対の心配のない平和な朝鮮半島をつくることが西海を守った英雄たちが私たちに残した時代的な使命」と述べた。また、西海について「対立の境界ではなく、平和と繁栄の空間へと転換すべきだ」とした。犠牲者や遺族らを厚遇する考えも明らかにした。しかし、北朝鮮の責任への言及や謝罪要求はなかった。李政権は、ユン・ソギョル(尹錫悦)前政権が取った対北強硬路線からの転換を図り、李氏は南北関係の改善を進めるべく、北朝鮮に繰り返し対話を呼び掛けている。今回の演説でも北朝鮮を刺激するのを避けた形だ。
一方、韓国紙の朝鮮日報などが式典会場にいた人の話として伝えたところによると、李氏は出席者たちとあいさつを交わし、退場する際、駆け寄ってきた「天安」の事件で死亡した上士(曹長に相当)の遺族に声をかけられた。遺族は李氏の手を握って「北朝鮮から謝罪を受けられるよう努力してほしい」と求めたという。これに対し李氏は「(われわれが)謝罪しろと言って(北朝鮮が)謝罪するでしょうか」と返答したとされる。
李氏がしたとされるこの発言に、最大野党「国民の力」の報道官は28日、「李大統領の軽率な一言が、46人の勇士の犠牲と遺族の慟哭(どうこく)を踏みにじった」とし、「李大統領は遺族の胸に再び刃を突き刺した」と批判した。その上で「『謝罪を求めよ』という一言がそんなに受け入れがたいことなのか」とし、「西海を守って倒れた将兵たちの犠牲が、大統領にとってはただの不都合な過去なのか」と問いただした。また、同党所属で、韓国国会外交委員会委員のキム・ギヒョン議員は「わが国の兵士が北朝鮮の蛮行により命を失った事態が生じたにも関わらず、謝罪要求すらできないのなら、大統領職を辞するべきではないか」と非難した。
こうした批判に対し、大統領府は28日、「南北関係の冷酷な現実に対する遺憾を表現したものだ」とした。また、与党「共に民主党」のペク・スンア院内報道官は「李大統領の発言は謝罪要求自体を否定したものではない。北朝鮮の挑発に責任を問い、実質的な変化を引き出す方法に対する現実的で深い苦悩を明らかにしたものだ」と反論した。
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