<W解説>「佐渡島の金山」を訪れた岸田元首相=世界遺産登録時の総理が現地で語ったこと
<W解説>「佐渡島の金山」を訪れた岸田元首相=世界遺産登録時の総理が現地で語ったこと
岸田文雄元首相が今月5日、新潟県佐渡市にある世界文化遺産「佐渡島の金山」の視察に訪れた。岸田氏は「佐渡島の金山」の世界遺産登録時の首相。登録に至る過程では、韓国が佐渡の鉱山で朝鮮半島出身者の強制労働があったとして、日本側の登録推進の動きに反発。だが岸田氏は2022年1月、「佐渡島の金山」の世界遺産登録を目指し、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推薦する考えを示した。「佐渡島の金山」は24年7月に登録された。岸田氏が現地を訪れるのは今回が初めてで、登録後の状況を見たいと希望し視察が実現した。

「佐渡島の金山」は、「相川鶴子金銀山」と「西三川砂金山」の2つの鉱山遺跡で構成。17世紀には世界最大級の金の生産地となり、1989年まで操業が続けられてきた。日本政府や新潟県は「江戸時代にヨーロッパとは異なる伝統的手工業で大規模な金生産システムを発展させた、世界的にもまれな鉱山だ」としている。

一方、佐渡金山には戦時中、労働力不足を補うため、朝鮮半島出身労働者が動員された。そのため、韓国側は2021年12月、佐渡金山遺跡が世界文化遺産登録を目指す日本国内候補に選ばれた際、激しく反発した。

当時、日韓関係は「戦後最悪」と言われるまでに冷え込んでおり、日本側が「佐渡島の金山」の登録に向けて突き進めば、日韓の対立はさらに深まるとして懸念する声も多かった。しかし、岸田氏は22年1月、登録を目指し、ユネスコに推薦する考えを示した。韓国政府は当時、外交部(外務省に相当)の報道官名義の声明を発表。「度重なる警告にも関わらず登録を推進することを決めたことに対し、強い遺憾を表明する」として日本政府に中止を求めた。

その後、韓国では22年5月に知日派のユン・ソギョル(尹錫悦)氏が大統領に就任。日韓関係が当時冷え込む中、尹氏は日本との対話姿勢を示した。そのため、日本ではこのことが遺産登録にも追い風となるとの期待が高まった。

こうした中、ユネスコ側は「佐渡島の金山」を構成する「西三川砂金山」の導水路跡に関する説明の不備を指摘。登録審査に向けた手続きが一時ストップしたが、政府は23年に推薦書を再提出した。

韓国側は尹政権発足後、登録に「反対」一辺倒だった主張を若干緩め、登録を目指すのであれば、朝鮮半島出身労働者が強制労働に従事した歴史を反映するよう求めた。これを受け日本は、韓国側と水面下で協議を重ね、佐渡市内の展示施設で朝鮮半島出身者を含む鉱山の労働者に関する新たな展示を開始。また、「佐渡島の金山」における全ての労働者のための追悼行事を、毎年現地で開催することも決めた。これに同意した韓国政府は登録賛成に転じ、2024年7月、韓国を含む世界遺産委員会の委員国の全会一致で「佐渡島の金山」の世界文化遺産登録が決まった。

登録に、岸田氏は当時、「わが国26件目の世界遺産として登録されたことを心から嬉しく思う」とし、「日本の宝から世界の宝となった『佐渡島の金山』をこれからもしっかりと守り、将来に引き継いでいけるよう、地元関係者の皆さんの取り組みを支援していきたい」などとコメントした。

登録から約2年が過ぎた今月5日、岸田氏は佐渡市を訪れ、「佐渡島の金山」の構成資産などを視察した。金銀の露天掘り跡である「道遊の割戸(われと)」について岸田氏は「圧巻だと感じた。伝統的な手工業を通じて大量に良質な金を発掘した当時の取り組みに感銘を受けた」と語った。

一方、同市では朝鮮半島出身者を含む全ての労働者を追悼する日本側主催の式典が今年も今月12日に予定されているが、韓国側は欠席することを決めた。追悼式は一昨年から開催されているが、韓国側は式の追悼の辞で朝鮮半島出身者の労働の強制性の表現が不十分だとして反発し、これまで2年連続で欠席している。視察に訪れた岸田氏は韓国との関係についても記者団から問われ、「課題を含めてさまざまな分野で意思疎通を図っていく丁寧な対応が大事ではないか」と語った。

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