<W解説>存命中の韓国大統領経験者で唯一、逮捕されていないムン・ジェイン氏=しかし、疑惑がないわけではない
<W解説>存命中の韓国大統領経験者で唯一、逮捕されていないムン・ジェイン氏=しかし、疑惑がないわけではない
先月26日、韓国のユン・ソギョル(尹錫悦)大統領が内乱を首謀した罪で検察に起訴された。韓国で現職大統領が逮捕・起訴されたのは初めてだが、韓国において大統領退任後に逮捕されるケースは珍しくなく、存命中の大統領経験者3人の中で、逮捕されていないのはムン・ジェイン(文在寅)氏だけだ。ただ、文氏をめぐっても疑惑があり、昨年8月、検察は文氏の娘宅を家宅捜索した際、捜査令状に文氏を収賄容疑の被疑者と明記した。

絶対的権力を持つ韓国大統領は、政権交代を狙う反対勢力からの批判の的になりやすく、韓国では政権が変わるや、前政権の不正に対する捜査が強化される「政治報復」が繰り返されてきた。それゆえ、イ・ミョンバク(李博博)元大統領は収賄罪で、後任のパク・クネ(朴槿恵)元大統領は韓国の財閥からわいろを受け取ったとして逮捕された。一方、朴氏の後に大統領に就任した文氏は退任後も逮捕されていない。

文氏は退任前、その後の生活について「政治には関与せず、普通の市民として生きる。近くにある寺に行ったり、アルプスに登ったり、家庭菜園の手入れをしたり、犬や猫、ニワトリを飼ったりしながら暮らすつもりだ」と話していた。「忘れられた人になりたい」とも語り、注目を浴びることなく一般人同様の平穏な生活を希望していた。その言葉通り、文氏は自身が畑仕事をしたりする姿などをSNSに頻繁に投稿。2023年には、南東部のキョンサンナムド(慶尚南道)・ヤンサン(梁山)市ピョンサン(平山)村の私邸近くに自身がプロデュースした書店をオープンさせた。

一方、最近は政治的活動や発言もしばしば見られる。先月27日、元徴用工で、日本製鉄(旧新日鉄住金)を相手取った損害賠償訴訟で勝訴したイ・チュンシク(李春植)さんが101歳で死去した際、文氏はSNSを通じてコメントを発表。「李春植さんは戦犯企業である日本製鉄に対して損害賠償訴訟で歴史的勝訴を引き出した主人公だった」とし、「李さんが勝訴の喜びに先立ち、先に亡くなった仲間に思いをはせながら涙を流していた記憶が今も新しい。その悲しみと喜びの涙はわれわれ全員の涙だった」と回顧した。その上で「李春植さんが歴史を証言して一生懸命見せた人間尊厳の精神と不屈の意思をわれわれ後の世代がしっかりと受け継ぎ、恥ずかしくない国をつくっていきたい」とした。

その文氏は、先月30日には、私邸で最大野党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)代表の表敬訪問を受けた。韓国メディアによると、両氏は政局の懸案などについて約90分間意見を交わしたという。両氏が対面するのは昨年9月以来。文氏は「今のように極端な政治環境では、統合と包容こそが民主党の前途を開いていく重要なものとなるだろう」と強調。李氏に対し、「民主党と李代表は統合の歩みをしっかり示しており、これからも頑張ってほしい」と激励した。これに対し、李氏は「非常に共感する。そのようにしていく」と応えた。文氏による李氏へのこの助言について、韓国メディアのヘラルド経済は「最近の民主党内における(李氏と距離を置く)『非李在明系』と(李氏に近い)『親李在明系』間の対立が再び激化し得る状況に関する懸念に基づいたものとみられる」と伝えた。

先月、尹大統領が逮捕された際、文氏はSNSでこれに言及。「平凡な市民の巨大な連帯が成し遂げた勝利」とし、尹氏が昨年12月に「非常戒厳」を宣言したことに関連し、「あまりにも痛々しく恥ずかしいことだったが、我々はこれを新たなスタートにしなければならない」とした。

ここ4代の韓国大統領のうち、逮捕されていないのは文氏だけだが、文氏にも疑惑がないわけではない。韓国検察は昨年8月、「共に民主党」の元国会議員が2018年、タイに設立した航空会社の役員に文氏の娘の元夫を不正採用した疑惑をめぐり、娘の自宅などを家宅捜索。文氏は元夫を採用するなど娘一家のタイ移住を支援させる見返りに、元国会議員を政府系公団の理事長に任命した疑いがもたれている。検察は娘の自宅を捜索した際、令状に文氏を収賄の容疑者と記載していた。

しかし、現在、文氏に関する捜査は中断している。12月に「非常戒厳」を宣言した尹大統領が現在、弾劾審判を受けている上、先月には、内乱首謀の疑いで起訴されたことが影響している。韓国紙の中央日報によると、検察内部からは「尹大統領の弾劾政局の余波で、文前大統領の捜査がオールストップした」との話が出ているという。

文氏は旧正月(先月29日)前、SNSで国民に向け新年のあいさつをした。「これまで以上に困難な状況で迎える旧正月」とし、「心配が減り、笑顔が増える一年になることを願う」と投稿。その上で、「国民の一つの心で祈る」とし、「一日も早く国が正常化されるように、私たちの日常が平穏を取り戻せるように、傷つき分裂した国民の心が慰められ、癒され、暮らしがより豊かになるように」と記した。投稿内容は、ユン・ソギョル(尹錫悦)大統領による「非常戒厳」の宣言に端を発した政治的混乱を念頭に置いたものとみられる。
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