尹氏が昨年12月に宣言した「非常戒厳」は、韓国憲法が定める戒厳令の一種。戦時や事変などの非常事態で、軍事上、必要となる場合や公共の秩序を維持するために大統領が発令するものだ。戒厳令の発出は1987年の民主化以降初めてのことだった。
宣言を受け、武装した戒厳軍の兵士がガラスを割って国会議事堂に突入。軍事政権時代を連想させる事態に、国会前には多くの市民が集まり、戒厳に反対するシュプレヒコールを上げたほか、軍の車両を取り囲むなど騒然とした。
だが、戒厳令は国会議員の過半数が解除を求めた場合、大統領はこれに応じなければならず、発令直後、国会で本会議が開かれ、出席議員の全員が解除に賛成。尹氏はわずか6時間で非常戒厳を解いた。
当時、野党だった「共に民主党」などは、尹氏が「憲法秩序の中断を図り、永続的な権力の奪取を企てる内乱未遂を犯した」などとして憲法違反を指摘し、尹氏の弾劾訴追案を国会に提出した。国会での採決の結果、同案は可決し、これを受け、尹氏は職務停止となった。その後、首相らが大統領の職務を代行した。
「非常戒厳」の宣言による政治的、社会的混乱は大きく、野党は尹氏に内乱の疑いがあるとして告発。韓国の刑法87条は、国家権力を排除したり、国憲を乱したりする目的で暴動を起こした場合は内乱罪で処罰すると規定する。最高刑は死刑。独立捜査機関「高位公職者犯罪捜査庁(公捜庁)」と警察の合同捜査本部は1月、尹氏を内乱首謀容疑で逮捕、起訴した。しかし、尹氏の弁護団は尹氏の勾留をめぐり「検察が起訴した時点で既に勾留期限が過ぎていた」などと主張。拘束は不当だとして取り消しを求め、裁判所がこれを認めたため、3月に釈放された。尹氏はこれまで在宅のまま公判に臨んできた。
韓国では、尹氏が罷免されたことに伴い、先月3日、大統領選が行われ、選挙前まで野党だった革新系「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)氏が当選した。李氏が「内乱克服」を訴え、「非常戒厳」の責任追及に意欲を燃やす中、国会では先月、政府から独立した特別検察官が尹氏の不正疑惑などを捜査する法案を可決した。大統領選で李氏が勝利したことに伴い与党となった「共に民主党」が主導した。
特別検察官は10日、特殊公務執行妨害や職権乱用などの容疑で尹氏を逮捕した。尹氏には1月、自身の拘束を阻止するよう大統領警護長に指示した疑いや、昨年12月の「非常戒厳」の宣言に当たり、一部の閣僚を閣議に参加させなかった疑いなどがもたれている。尹氏が逮捕・拘束されるのは4か月ぶり。逮捕状を発布したソウル中央地裁は、理由について「証拠隠滅の恐れがある」と説明している。尹氏は容疑を否認している。
尹氏が再び逮捕されたことについて、与党「共に民主党」のパク・サンヒョク首席報道官は10日、「正義を正すための常識的な決定だ」と評価した。一方、公共放送KBSによると、最大野党「国民の力」は10日、党の執行部会議を行ったが、尹氏の拘束には言及しなかったという。ソン・オンソク非常対策委員長は会議後、「今後、関連の捜査と裁判を慎重に見守るつもりだ」と話した。
尹氏をめぐっては、「非常戒厳」の名分をつくるため、北朝鮮に無人機を飛ばすよう軍に指示し、攻撃を誘発しようとした疑いもある。韓国紙のハンギョレは「特検チームが尹前大統領の身柄を拘束したことで、実体が明らかになっていなかった外患容疑の捜査に弾みがつくものとみられる」と伝えたが、与党などが推薦する特別検察官による捜査拡大には、尹政権を支えた「国民の力」や尹氏の支持者などから反発が出ている。
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