韓国では、特に地方において医師不足が深刻となっている。韓国国会立法調査処(所)が2020年に発刊した「OECD主要国の保健医療人材統計及び示唆点」によると、韓国の人口1000人当たりの医師の数は2.3人でOECD加盟国の平均(3.5人)を下回り、加盟国の中でも最低水準だった。
医師不足を解消しようと、韓国政府は昨年2月、医学部の入学定員を2025年度から5年間にわたって毎年度2000人増やすと発表した。定員は1998年に3507人に増えたが、2006年に3058人に削減され、以降、毎年度3058人で据え置かれてきていた。尹政権は、「国民の健康と命を守るため、医師の拡大はもはや遅らせることのできない時代的課題」とし、定員増の必要性を訴えてきた。
しかし、医療界はこの方針に反発。医師の全体数は足りており、不足していると言われる原因は外科や産婦人科など、いわゆる「必須診療科」の医師が足りないことにあると指摘した。これら「必須診療科」は激務な上、訴訟のリスクも高いことから敬遠されがちで、収益性の高い皮膚科や眼科、美容整形外科に医師が集中していることが結果的に医師不足を招いていると主張した。政府の方針が示されるや、医療界は研修医が集団辞職するなどして抗議の意思を示した。これにより、通常の診察や手術に遅れが生じるなど、医療現場は混乱に陥った。
しかし、教育部(部は省に相当)は昨年、大学医学部の2025年度の募集人員について、全国39の医学部で前年比1497人増の計4610人とすることを確定した。当初の計画より増員幅を圧縮したが、1998年以来となる定員増を決めた。
政府の医学部定員増の方針に、研修医が集団で離職して抗議の意思を示したほか、医学部生たちの多くも反発し、休学して授業をボイコットした。韓国は3月から新学期が始まったが、当初、各大学の医学部は学生たちが休学した状況が続いた。政府は3月、医学部生たちの学業復帰を条件に、来年度の医学部の募集人数を増員以前の水準に戻す方針を明らかにした。これに先立ち、医学部をもつ大学40校の学長による協議体、医大協会は、政府が定員を増員前の人数に戻すならば、大学として学生を必ず復学させるとの趣旨の文書を教育部に提出した。
これを受け、学生たちはほぼ全員が復学申請をし、今月16日時点で、40の医科大学の医学生の復学率は99.4%となっている。しかし、実際に授業に出ている学生の割合は25.9%にとどまっている。
こうした中、イ・ジュホ社会副首相兼教育部長官は今月17日、26年度の医学部の募集人員を定員増前の3058人に戻すと発表した。イ氏は「大学教育に責任を持つ医科大学の先進化に向けた総長協議会と韓国医科大学・医学専門大学院協会の建議を重く受け止め、(医大増員の白紙化を)受け入れることにした」とした上で、「現在、医学生の授業への出席率はまだ低いが、大学の学事日程や入試スケジュールを考慮すると、今、定員を確定する必要がある」と述べた。さらにイ氏は「今日の発表で、来年度の医学部定員に関する社会的論争に決着をつけ、これからは皆が医学部教育の正常化と韓国の未来のための医療改革で力を合わせていくことを願う」と語った。
韓国の医療現場に大きな混乱をもたらすことになった医学部定員増をめぐる問題は、政府が譲歩する形でひとまず白紙化された。だが、前出のイ氏は「医学部の定員拡大を含む医療改革は、依然として重要な課題だ」と強調。2027年度以降の定員については今後、慎重に検討していく方針を示した。定員を増員前の水準に戻すのは、現時点ではあくまで26年度に限った話で、医療界側がこれまで求めてきた「定員増の方針そのものの白紙化」ではない。そのため、医大生が闘争を続ける可能性もあり、この問題が完全に決着するかは不透明だ。
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