韓国のユン・ソギョル(尹錫悦)大統領が、演説で現政権と自らを批判するフェイク動画がSNSで拡散し、物議を醸している。韓国政府の放送通信審議委員会は今月23日、「社会的混乱を引き起こす恐れがある」として当該動画を視聴不可とした。韓国では4月に総選挙を控えており、同委員会は「選挙をにらんだ最初の尹大統領関連のディープフェイク」と問題視しており、偽ニュースには断固対処する考えを示している。

動画は、「尹大統領の良心告発演説」とのタイトルで、昨年12月からSNSを通じて広がった。尹大統領が2022年の大統領候補時代に演説した内容を、言葉の順番を入れ替えるなどして編集。46秒の動画で、「無能で腐敗した尹錫悦政権は特権や反則、不正や腐敗を日常化している」「私、尹錫悦は常識外れのイデオロギーにとらわれて大韓民国を崩壊させ、国民を苦痛に追い込んだ」などと述べている。韓国紙の朝鮮日報は「動画には尹大統領の姿や声が登場するが、実際は以前からある写真や動画、音声などから人工知能(AI)を使って本物のようにつくり上げたディープフェイク動画と専門家はみている」と伝えた。

ディープフェイクとは「ディープラーニング」と「フェイク」を組合わせた造語で、AI(人工知能)を用いて、人物の動画や音声を人工的に合成する処理技術を指す。もともとは映画製作など、エンターテインメントの現場での作業効率化を目的に開発されたものだが、最近はその精細の高さから悪用される事例も増えてきており、フェイク動画の代名詞になりつつある。

日本でも昨年11月、岸田文雄首相の声を再現したとみられる偽の動画がSNSで拡散した。日本テレビの実際のニュース番組に似せたロゴや字幕などを表示しながら、岸田首相が卑猥(ひわい)な言葉などを発言しているかのように見せかける内容だった。生成AIを使って声や口元の動きを加工したものとみられる。さらに今月には、X(旧ツイッター)で岸田首相がソファに座って足を組んだ米国政府の高官ににらみつけられているように見える偽の画像が出回った。2022年4月の米政府の高官とブラジルの外相が面会した際の写真を岸田首相に置き換えたものとみられている。

ソウル警察庁サイバー捜査隊は22日、この動画の制作者と拡散者に対する告発状を今月6日に受理し、捜査に着手したことを明らかにした。朝鮮日報によると、警察は問題の動画は1人の人物が主に掲載したとみているという。また、警察は放送通信審議委員会に文書を通じて動画の遮断と削除を要請した。同委員会は23日、当該動画は社会に混乱を与える可能性が大きいと判断し、接続の遮断を議決した。

また、大統領室は当該動画について、「明白な虚偽・捏造(ねつぞう)動画」とし、断固とした対応を取る方針を明らかにした。大統領室のキム・スギョン報道官は、一部メディアがこの動画を「風刺に過ぎない」と報じていることについても懸念を示し、「これは偽ニュースを根絶しなければならないメディアの使命にも反する」と指摘した。動画には「仮想で作ってみた」と断ったバージョンも存在するが、キム氏は「たとえ仮想と表示しても、表示を削除した編集映像がオンラインで拡大再生産されるため、虚偽情報の拡散を防がなければならないという当為性に照らして必ず根絶されなければならない」と述べた。さらにキム氏は「総選挙を控え、虚偽捏造が拡大、再生産されないよう、私たち社会全体が力を合わせることを願う」と述べた。

韓国では4月に総選挙を控えており、政府などは偽ニュースに神経をとがらせている。韓国の与野党は昨年12月、ディープフェイクを悪用した選挙運動を投票日の90日前から全面禁止とする公職選挙法改正案を可決・成立させた。朝鮮日報が20日、中央選挙管理委員会への取材を基に報じたところによると、4月の総選挙を前に、ディープフェイクの違法掲示物が既に129件も摘発された。記事によると、相手候補が出ている動画を巧みに操作して発言の一部を歪曲したり、一から虚偽動画を作り上げたりしてSNSで拡散したものがほとんどだという。
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